和柄の巾着

朝の通勤の電車の中で小さい巾着を落とした。いつも携帯電話、私物のiPhone SEと会社支給のiPhone 7を入れている和柄の巾着。iPhoneは手に持っていたので、落としたのは巾着だけ。新富の大野屋総本店で生み出された手作り品。まぁそんなに価値のあるもんじゃない。なくなったからといって、金銭的なダメージはない。だけどモノが意図せず自分の元を離れていくのは精神的なダメージがある。御縁が切れてしまうのは、ヒトでもモノでも寂しい。

夜、帰宅時に新富町の駅で巾着の事を思い出した。まぁ価値のあるものでもなく、遺失物として届いている可能性は低いとは思ったが、巾着が僕を信じて迎えを待っていたとしたら…。なんとも胸が張り裂けそうな気持ちになる。オーナーである僕が探してあげないのは心ないことだ。

駅員さんに声をかけてみた。有楽町線、新富町駅。M澤さんという、何とも気の良いお兄さんが丁寧に調べてくれた。関係各所に電話して、僕が伝えた巾着の特徴を説明してくださり、しばらく折り返しの連絡を待つ。しばらく雑談をしていたら電話が鳴る。

なんと新木場駅にそれらしき物件が届いているらしい。電話では僕の探し物かはわからないので、新木場まで行って確認してみる事にした。M澤さんにお礼を伝え、新木場駅に向かう。そわそわしながら3〜4駅、地下鉄に揺られる。

新木場駅の遺失物窓口で物件と対面。紺色、蜻蛉柄、木綿。間違いなく僕の巾着だった。正直、見つかるとは思っていなかった。切れかけたモノとのご縁がガッチリ繋がった。帰ってきた巾着に心の中で『おかえり』の挨拶をする。営利企業が求める数字に追いかけられ続ける日常業務で荒んでいた心が、なんだかホッコリと和らぐのを感じる。

新木場の駅員さんも、とても感じの良い方だった。頭の中の貧困なボギャブラリーを総動員して感謝の気持ちを伝え、退出の為に引き戸をあけると、少し奥で事務仕事をしていた別の駅員さんが立ち上がり『ありがとうございました』と、深々と頭を下げてお礼をいわれた。感謝をしているのはこちらの方なのに。なんと丁寧な仕事だろうか。

新木場のお名前を聞き忘れたのが悔やまれる。改めて、お礼の手紙でも送ってみようと思う。