電気のない生活

北海道で大きな地震があった。今でも大規模な停電が続いているようで、みんな困っているらしい。我ながら人ごとのような言葉で恥ずかしい。

何故電気がないと困るのか?たったの100年くらい前は電気なんてろくすっぽなかったはずだ。歴史に詳しい方ではないが、一部の照明やラジオくらいだったのではないか?照明がないなら暗くなったら寝れば良かったいい。ラジオがなかったら野球の結果がわからなかったか。炊事は薪を燃やしていたのだろう。電気がなくともさほど困らなかったのだろう。

空気と水は無いと困るが、電気は人間にとって必須な要素ではないはずだ。電気を必須としているのは人間ではなく多分社会だ。今一度、電気に頼らない仕組みを模索していくべきではないのか?

キーワードは地域活性化だと思う。生活に必要なモノは近所で調達できる仕組みを構築する。魚屋だったり八百屋だったり、ガス屋だったり。地域のみんなが生活に必要な役割を担う。職業とは本来そういったモノなのだろう。小さなかたまりで動いていけばいい。欧米型の経済優先の大量消費社会からの脱却だ。もちろん絶対に不便もある。モノは圧倒的に減るだろう。その反面生み出されるゴミも圧倒的に減るだろう。

質素にシンプルな生活を全員が心がける。今あるものを捨てるのには覚悟が必要だ。爆弾が落ちたりすると強制的にモノはなくなる。場合によっては人もなくなる。ちょっと過激すぎるので爆弾はやめておこう。電気を止めるところから始めてみてはどうだろうか?

いきなりバッサリだと爆弾並のインパクトがあるなら、週末だけとか夜だけとか。会社で働いている人は、電気が止まる前に帰らないと、職場が近所でない限り帰宅は困難になる。ノー残業デーの制度より絶対に効果がある。そのうち近所で地域のために働くようになる。地域は活性化するだろう。

北海道に見習って、東京でも電気を止めてみてはどうだろうか?最初は痛みを伴うだろうけど、色んな問題が一気に解決すると思う。理由は何とでもつけられるだろう。