電車の中でネクタイを締めた野良猫にあった

帰宅途中の電車の中、例のLogitech K480にiPhoneを2台立ててテキストを打っていた。混んだ電車ではなく、空席もあちらこちらにある。僕も座席に座って、落ち着いてキーを打っていた。富士見台の駅でドアが開いて、一呼吸した時、斜向かいに座って寝ていたお兄さんが慌てて立ち上がって動き出した。僕の目の前をサッと通りすぎた時、iPhoneが目の前から消えて宙を舞い、床に落ちた。慌てて降車したお兄さんが引っ掛けたようだ。

僕がiPhoneを拾い上げてドアの方を見ると、下手人のお兄さんがこっちを見ていた。僕もお兄さんの目を見て、相手の出方を伺った。ネクタイを締めて、耳にはイヤホンを詰めて、黒縁のメガネをかけている。まるで今の自分を見ているようだ。僕のiPhoneを引っ掛けたことを悪いと思っているのか、それとも電車の中でキーボードを使って文章を書いている僕を疎ましく思っているのか、表情からは判断がつかない。思考として、『落としたiPhoneが壊れていたら厄介だ…』とか、『携帯端末に異常な愛情を持っているヤツだったら、怒って掴みかかってくるのではないか?』とか、いろいろ考えていたのではないかと推測される。僕の表情は、怒っているように見えたであろうか。マスクをしていたので、目しか見えていなかったと思うが、少なくともいい気分ではなかった。目は怒っているように見えたかも知れないし、怒ってもいいシチュエーションだったかも知れない。

電車の発車ベルがなり、お兄さんはそのまま僕から視線を外し、前を見て走っていった。まるで街中で野良猫にあったときのようで、目が合って2秒くらい見つめ開い、こちらが少しでも動くとサッと立ち去ってしまう、あの感じに似ていた。その相手が自分に似ていたのが奇妙だった。

野良猫も人間も、大して変わらない生き物なのだということを改めて知った。